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保育士日誌

サルトルとボーヴォワ−ル

06/9/25
よく書店で出版社が毎月出しているような冊子を貰うことがある。
先日は未來社という出版社の「未来」という冊子が袋にはいっていた。
何気なく見てみると、
「サルトルとボーヴォワ−ル、団地へ行く <事件>は誘惑する 1」
という文章を内藤寿子という人が書いていた。
「サルトルが団地に行くと事件なのか?なんだそりゃ」とおもいながら読むと

 1966年、日本。<事件>は、ザ・ビートルズの初来日だけではなかった。

という始まり。なんだかおもしろそうじゃないか、どれどれ。
つまり1966年にサルトルとボーヴォワ−ルが来日したのだが、もちろん
それだけでは、別にそれだけのことだが、1965年にサルトルは、
アメリカ軍のハノイ爆撃に対する抗議のため予定されていた訪米を中止したという
経緯があるという。

 訪米のかわりにサルトルは、65年7月の世界平和大会への出席や12月のフランス大統領選に向けた
「左翼統一プログラム」の提案など、「ヨーロッパのあらゆるところで抗議運動」を展開していく。

そんな人が、日本に来て何を見て何を感じたのか、という内容の文章なのだが、
銀座、浅草、京都、九州、長崎、広島など日本国内を精力的にまわった二人、その二人が、
大阪府近郊の公営団地を見に行ったというのだ。なんで、なんで、というところだが、
その公営団地(「香里団地という」)には多田道太郎が住んでいてその家に伺ったらしい。
その香里団地はもともと「日本一の火薬庫」と呼ばれていた場所で砲弾などがつくられていた
場所だったとのこと。で、本題はこれからなのだが、二人はもう一つその団地内にある施設を訪れたという。
それが「枚方市立香里団地保育所」だったのだ。
もともと二人は育児施設に対してかなり発言をしていたようだが、この保育所も香里団地住民の運動の結実として
できた施設ということで、二人が訪問するに相応しい施設とのこと。

なんだかややこしいことを書いているが、実際の文章は、もっとスッキリしていてもっと分かりやすく、
もっと内容が濃いので(当たり前だけど)、ぜひ目を通してみて下さい。

で、二人がその保育所を見てどんな風だったかというと、
なんと、今月号はここまでだったのだ。
「知りたーい!」と少し歯ぎしり。
でも来月号はどうやって手に入れるんだろうね。

さて、明日はお馴染みの「開放日」です。
はらぺこではサルトルの「サ」の字もでてきませんから、
安心して遊びに来て下さい。

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